2021年10月24日日曜日

悪性腫瘍とどこまでも4

 二十歳で癌になり、抗がん剤を打ち免疫力が下がったところで、肺炎になった。


 レントゲンには真っ白な靄。母によるとあれが肺炎というものらしい(レントゲンって綺麗)。まぁ、そんなこと気にならないぐらい咳疲れしていたのだが。

 酸素ボンベなるものもこの時はじめて着けた。少し呼吸が楽になる。あと酸素飽和度計もつけられた。最初は様子見でこのまま帰らされる雰囲気だったが、やはり母の予想通り即入院。その日たまたまいた担当の内科の先生も飛んできた。あら先生、いらっしゃたのねって感じである。一通りはなしを聞いてストレッチャーで15Fの病室へ(もちろん病室もストレッチャーもはじめて)。ストレッチャーからの景色は違和感しかない。天井が見えているのに狭い空間に押し込められた気分だった。
 病室は4人の大部屋か2人部屋、あとはちょっとお高い個室とがあり、自分は空いている2人部屋のドア側に入ることになった。無料Wi-Fi完備のテレビ付きである。ベッドがリクライニング式!感動した。
 すでに病室で、母があらかた荷物を棚にしまっておいてくれた。「後で荷物を自分のいいように片付けてね」と言い残し、帰っていった。その後も看護師さんが入れ替わり立ち替わりで入院時の説明、体温測定、体重測定、入院食のアレルギー確認、あと治療にあたる主治医とそのチームの先生の挨拶(内科の主治医の方は若いのにもうチームをもっている)、何が今回の肺炎の原因かの質問等々…ひっきりなしに人がでたりはいったり。あとは痰出しもした(全然でなかったし、出そうと意識するとめちゃ苦しい)。
 夕飯までもう少しってところで、少し落ちついたので洋服の整理でもしようかとおもい立ち上がった。とたん看護師さん達が血相を、変えて3人飛んできた。なんか悪いことしたっ?!ってかなり驚いてしまった。しかし、すぐに年長であろう看護師さんが安堵の表情になり、残り二人をもどるように指示すると、自分に向き直りました。
「あっ、えっ、棚の整理しようかなって…」と自分が焦っていると看護師さん一言。
「一旦落ちつこうか?」
 はい。緊急入院したんだから当然だけど、なにか異常があったときにナースセンターに知らせが行くみたいで…急に動いたことにより酸素飽和度が下がったようで…気づかず呼吸が浅くなっていました……。酸素ボンベつけて楽になったから、今まで苦しかったことを忘れてたんだよね。看護師さんたちが来るその早さと言ったらもう…神対応な看護師さんたちであった。

 7月の暑い時期の入院だったが病院は当然のように冷房が一定にかかっておりかなり快適…寒すぎるぐらいだった(この頃の自分は髪の毛が当然のようなくなっていて院内で自前のキャップをかぶりどうみても癌治療者ですって見た目だった。で、この時気づいたのだけれど頭がめちゃめちゃ寒いっ!なぜスキンヘッドの人が冬場帽子被るのかがわかった。毛で覆われてない頭は裸同然なのだ)。
夕飯はそこそこ食べれた&おいしかったと思う。病院食=不味いのイメージが変った。そして、しばらく咳で痛い身体と対話しつつ早い就寝を促される。確か9時。それでも眠れた。それだけつかれていた。
 しかし、咳は寝かしてくれない。真夜中咳が苦しくて寝てられない。よく聞いてると他の病室でもゴホンゴホンしてる。苦しそう。あと、大変だったのはトイレ。一人でいけないのだ。まぁ緊急入院するぐらいの症状なのだから仕方ないけど、まさかトイレでナースコール使うとは。…車椅子でトイレに行く…不思議だ。
 うとうとして起きてを繰り返し、一日目の夜はなんとかやり過ごした(どこでも寝れるタイプだが興奮すると頭が活動的になるのでだいたいいつも3時ぐらいにはいろんな事を考えてベッドにいる)
 二日目。点滴やらなんやらを打ちつつ様子見。母が入院荷物に入れてくれた画材一式で絵にも手がつけられるようになった。入院前はそれさえできなかったので進歩である。熱は下がらないが朝食は美味しく食べられた。この日は日曜日だったので昼には母が見舞いに来てくれた。いくつかファッション誌と愛読書を家から持ってきてくれた。助かります。身体が肺炎に引っ張られて思うように生活できないが、それはそれで面白かった。真剣に自分の身体と向き合える。それにそうしないと真面目な話、生きていけないし。すごく自分の身体に耳を傾けた。
 それにその夜、ホントにそうなった。就寝後、突然咳が止まらなくなった。苦しくて苦しくて涙が滲んだ。はじめは我慢できそうだったのだが、長く続いてさすがにおかしくなりそうだったのでナースコールした。看護師さんが来てくれるが咳で状況説明できない。身体を横になるよう促される。それでも咳は止まらず胸が張り裂けるかと思った。夜手元の電気だけであたり真っ暗なのに、頭が真っ白になる。息できないってこういう事かってどこか遠くでおもった。咳はまだ止まらない。そして、息が詰まる。ホントに息できなくなった。そういえば入院の説明時酷くなったら気管支切開するっていってたっけ…回らない頭にふとホントにそうなるかも、とよぎる。だが、こんなことで死ぬわけにはいかない。渾身の力で吐き出した。出たのはこれでもかっていうぐらい大きい痰。口に入りきらない痰。のどにこれが詰まっていたのだ。苦しいわけだ。そして、胸とのどは張り裂けるかと思うぐらい痛かったが、やっと眠れた。長い夜が明けるのだった。


 そこからは、ゆっくりと回復へ向かっていた。母は毎日見舞ってくれた。仕事終わり(地元からわざわざ)だというのにすごい人である。同居人のおもちさんも仕事のある日は必ず帰りに来てくれた。毎回お土産のフルーツやスイーツ、成城石井の赤いキラキラしたハートのチョコレートを食べることが幸せだった。食事が喉を通らない時は好きなものを思いっきり食べる…という話をがん治療が始まるとき先生に言われていた。だから好きなものをいっぱい食べることにしたていた。見舞い中に院内の18Fレストランに寄ったり、病室の階に眺めのいいラウンジで話したりは入院中の楽しみの一つだ。
 身体の調子がだんだん良くなり日中は絵を描きまくっていたり、看護師さんや薬剤師さん、お隣のベッドの人といろいろお話した。その頃の自分は手作りキャップ(赤いのとかハートがついたのとか)をかぶり、牛乳プリンやスッパマンのTシャツに真っ赤なステテコを履いて闊歩していたので目立っていたらしい(そもそも自分くらいの年の人が同じ階にいない。若くても30代だったから浮いてた。自分より若いともっと重い症状になってしまうのでなかなか会えない)。ベッド周り真っ赤だったのでそのことについてかなり話しかけられた。おとものキティさんぬいぐるみも話題の的である。まぁ、目立っていたと思う。普段あんまり人と会話しないが、おかげでいろんな話をきけた。
 後は夜中の散歩。やっと車椅子が要らなくなり調子がよくなる。日中はベッドで絵を描き続けてる…のはいいのだが問題はそのあとで体力はないのに身体が全然動かさないので突然、夜中目が冴える。全然眠れない。頭が過回転。普段日常過ごすだけでも身体を動かしてると実感。もうそしたら看護師さんが巡回してようがなんだろうが散歩するしかない。出歩くと、他の患者さんも一緒みたいで、ラウンジとかに座っている。夜の病院はとてもミステリアスなのだ。ちょっと夜中の病院徘徊するとかなんかゾンビに見えるのでは、とちょっとびくびくしてみたり。でも月明かりがさしこむ高い天井の入り口、18Fのラウンジはとても見晴らしがよく、早朝(朝方2時頃)活動的に働く車の光はまるで生命力もった生き物みたいでとても綺麗だった。そこをたった一人、独占して眺めてられるのだから贅沢である。

 さて、大体2週間ぐらいたっただろうか。入院になれたころ。ちょうど抗がん剤の最後のセットをやり終える期間とかぶってしまった。やってもうた。いや、肺炎なんだから仕方ないけど。でも、調子いいし最後とっとと終わらして、早く手術したいっておもっていた。治療、長引くのがいやだった。それで、早く内科の先生に今の症状確認したくて看護師さんを2
回か呼び出した。忙しい先生が捕まらないのは分かっていたがなんだかいてもたってもいられなくなってしまう。その時、看護師さんに「なにか不安なの?」ときかれてはたと気づいてしまった。…自分は不安だったのかと。看護師さんの前で泣く事はなかったが、母の前で涙がでた。よほど気を張っていたのだと自分でやっとわかった。自分は普段そんなタイプじゃないのでなんかちょっと可笑しい。結局、大事をとって抗がん剤は延長となった。手術は遅れるが仕方ない。わざわざ病室まで来て説明してくれた内科の先生、ありがとうです。
 入院中、外科の先生も来てくれた。「病室、真っ赤だね!肺炎はやく治しちゃいなさいよ」だそうで。相変わらずである。そのかいあって後は順調に退院に向かった。


 退院日、とても厳かだった。
朝検温にきた看護師さんは最初に「一旦落ちつこう」の方で、アートの話とか自分の生いたちとかそんなことあまり他人にしたことないのにその方に話してしまった。また遊びにきてね、といってくれた。
 父に久しぶりにあう。車で迎えにきてくれたのだ。懐かしすぎてハグしてしまった。帰りは母が持ってきてくれた、赤い長袖ワンピースにきがえた。夏の日差しだが冷房の涼しさの為、長袖だ。
 病院からでた久々の直射日光は身体に響く。呼吸の仕方に違和感を覚える。そう、いかに病院が整えられた空間かを知る。退院祝に銀座でお茶していくことにした。が首都圏の道路は怖い。間違えてホテルの駐車場に入り込みあたり黒塗り車しかない時はビビってしまった。無事デパートへ。美味しい紅茶とデザートをいただく。
 しかし、脳は久々の地上で興奮状態だが体力は限界。家についたら即ベッドへ。開けっ放しの窓から流れ込む湿度がなんか気持ちいい。なんか雲の上の世界を味わえた貴重な体験、すごく楽しい旅だった。




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